〜「よく分からないから何もしない」が最も危険〜
〇同一労働同一賃金法制化は現時点では法案であり、ガイドラインについても案として提示されている状態です。以下の内容は法案やガイドライン案を元に記述しています。今後、国会の審議を経て最終的に法律となるまでに内容が修正される場合があります。
また、裁判例により法律の解釈や運用が変更される場合がありますので動向にご注意ください。
(平成30年5月)
*法案は平成30年6月成立しました。省令、ガイドラインは今後確定する予定です。(平成30年6月)
1.同一労働同一賃金法制化とは
働き方改革法案で与党は維新・希望と修正協議の上、今週にも衆議院厚生労働委員会で採決と噂されています。いよいよ同一労働同一賃金も法制化されることになります。
そこで、各企業は、この同一労働同一賃金法制化に対して準備をしなければならないのですが、多くの企業が法案の内容を理解しておらず、何をしたら良いのか分からない状態であると聞きます。
法案の内容が理解されていない理由の一つは「同一労働同一賃金」という名称にあるのかもしれません。「同一労働同一賃金」と言えば、一般には、「同じ仕事をしていれば同じ賃金」という内容をイメージすると思います。当然、正社員同士の「同一労働同一賃金」、すなわち、30歳の正社員と40歳の正社員が同じ仕事をしているなら同じ賃金でなければならないということも含むはずです。あるいは、欧州の一部の国で見られるような企業間をまたいだ「同一労働同一賃金」、すなわち会社を変わっても仕事が変わらなければ同じ賃金になると言ったものも含むはずです。
しかし、今の同一労働同一賃金法案は、そのような内容は一切含んでいません。むしろその実態を正確に表すなら「非正規労働者待遇改善法案」と言ってよいでしょう。それが証拠に今の法案は、パートタイム労働法、労働契約法、派遣法の三法の一括改正であり、改正法の対象は、短時間労働者、期間契約労働者、派遣労働者に限定されています。
そもそも、今回の法案のスタートは、欧州の主な国の非正規労働者の所得が正規労働者の所得の約7割から9割であるのに、日本の非正規労働者の所得は正規労働者の所得の6割にも満たない状態に代表される正規―非正規間の賃金格差の問題なのです。この格差を縮めようというのが今回の法制化の目的なのです。
「同一労働同一賃金」という名称は、キャッチコピーとしては効果的かもしれませんが法案の実態を表しているものではないと思います。それが、余計に内容を分かりにくくしているのではないかと思います。
2.同一労働同一賃金法制化は企業に何を求めているのか
さて、名称はともかく、この法案の出発点が正規―非正規の格差縮小にありますから、法案が成立すれば、企業に大きな影響を及ぼすことは間違いありません。正社員の8割の水準を目標にしているのなら、仮に正社員の賃金が500万円である場合、現在6割とされる300万円の賃金を8割の400万円まで上げようということになります。約3割の賃金アップになります。企業にとって3割アップというのは、とんでもない数字です。春闘で1%や2%といったレベルの数字をめぐり労使でぎりぎりの攻防行うのに、法律で3割の賃金アップを強制されるとしたら企業財務に対する影響は甚大です。そんなことが出来る訳ありません。
では、今回の法案は企業に何を求めているのでしょうか。もちろん、同一労働同一賃金の法制化によって、非正規労働者の賃金が正規労働者の賃金の8割まで増える効果が期待されているのですが、法律が求めているのは今すぐに3割の賃上げを実施する事ではありません。では、法案が成立した場合、企業は何をしなければならないのか。企業は何を求められているのでしょうか。それを正しく理解することが重要です。
3.よくある誤解
また、次のような誤解をしているケースも見られます。
(1)「正社員と同じ仕事をしている非正規社員がいなければ影響はない。」
これも「同一労働同一賃金」というネーミングに引っ張られた誤解です。正社員と同じ仕事をしている非正規社員について正社員と同等の待遇にすることが法律の目的であると誤解しているケースです。前段で述べましたように、法案の実態は「非正規労働者待遇改善法案」です。当然、正社員と同じ仕事をしている非正規社員のみならず、全ての非正規労働者を対象にしています。正社員と労働の内容が異なる非正規社員の待遇についても適切にバランスを取ることが要求されているのです。
つまり、非正規労働者を雇用している全ての企業が対象になるのです。
(2) 「法律が成立してから考えれば良いのでは?」
一部の方は、「法律が成立してから対応を考えれば良いのでは?」と考えているようです。現時点で確定していない法案の内容に沿って準備しても無駄な作業になるのではないかという誤解です。
現時点で予定されているスケジュールは以下のようです。
H30年あるいはH30年度中に国会で法案成立
H32年4月大企業で施行
H33年4月中小企業で施行
この法案が成立した場合、企業が取る行動は、おそらく次のようになります。
法案成立後にガイドラインを再審議し省令が出され、それらが確定した時点で内容を理解します。
自社の非正規労働者の待遇見直しをします。
賃金アップや経費アップを試算します。
アップした経費をどのように吸収するか検討します。
実施のスケジュールを策定します。
組合(労使)との交渉が始まります。
規定規則の整備
社内体制の整備(システム変更や福利厚生設備変更も含む)
社内に周知
一定期間経過後の実施
場合によっては、この間に賃金制度の改訂と経過措置等も入ってきます。
果してこれを大企業で1年、中小企業の場合2年で可能でしょうか。経団連の榊原会長が「改正法の施行を待たずに労使で徹底的に話し合いを重ねてほしい。」と発言しているのも当然のことと思います。手当一つ取っても「なぜ、その手当を支給するのか」という点から議論しなければなりません。
理想的には、早めにアクションを起こし、段階的に対策することによって財務的にも業績にも影響なく対応できることではないでしょうか。
それには、まず財務への影響がどの程度になる可能性があるのか把握することが重要です。
今すぐ制度を見直したりアクションする必要はありませんが、「わが社のここに問題がありそうだ」「この待遇は不合理ではない説明が難しい」といった、現状の概観は必要であると考えます。
企業は待遇についての説明義務を負っています。また、労働者が行政に救済を求めた場合、企業に対して、報告徴収が行われることになっています。その意味でも一度見ておく必要があるでしょう。
もう1点懸念されることがあります。
「それは、本当に中小企業には2年の猶予があるのか」ということです。
平成32年4月に大企業が改正法施行に合わせ非正規労働者の待遇改善をおこなったとします。中小企業は従前のままです。この場合、採用市場では、待遇改善を行った大企業の労働条件と待遇改善を行っていない中小企業の労働条件が就業希望者を取り合うことになります。当然、求職者は条件の良い大企業へ応募するでしょう。
今までは、非正規労働者の場合、大企業も中小企業も地域の相場に従った賃金等の条件で募集できたのです。
しかし、今回の法案が成立すると大企業の非正規労働者は同じ大企業の正社員との均等・均衡が図られます。
これは、採用市場でも少なからぬ影響を及ぼすはずです。
特に非正規社員の場合、転職への意識のハードルが低いので、既に雇用している非正規社員も条件の良い大企業の非正規社員の募集に応募する可能性は十分あります。
中小企業にとっては、ただでさえ採用が難しい中で、さらに転職者も出てくるようなことになりかねません。
そうすると、中小企業もそれに合わせた待遇の見直しを迫られますので2年の猶予と言っていられなくなります。
(3)「派遣社員は自社が雇用する社員ではないので関係ないよね。」
派遣労働者は自社が雇用する従業員ではないので対象ではないという誤解です。結論から言いますと、派遣労働者は派遣先の直接雇用従業員の待遇とのバランスが要求されます。具体的には2つの方法が法案で定められています。一つは@「派遣先均衡方式」もう一つはA「派遣元労使協定方式」です。派遣先均衡方式の場合、派遣先は派遣元に必要な情報を提供しなければ派遣契約そのものが締結できなくなります。派遣先はどんな情報をどの範囲まで派遣元に提供すれば良いのか、その情報を元に派遣元はどこまで待遇を改善すれば良いのか。現段階では不明な部分もあり、派遣会社にとっては、相当な事務負担が生じると思われます。一方、派遣先も派遣料金のアップや情報提供のための事務を負担する必要が出てくるかもしれません。筆者は、派遣会社の多くが派遣元労使協定方式を取ると予想していますが、いずれにしても、派遣労働者を使用する派遣先は、派遣元に対し@派遣先均衡方式とA派遣元労使協定方式のどちらを取るのか、可能な限り早く把握することが必要です。
5.賃金原資が今すぐ捻出できなくても打つ手はある。
多くの企業が漠然と感じている不安は2つあると思います。一つは「どれくらい待遇改善を行えば良いのか。」言い換えれば、「賃金総額がどれだけ増えるのか」という事と「増える賃金原資をどうやって手当したらよいのか」「捻出できない場合はどうなるのか」ということでしょう。今回の法制化は非正規労働者の賃金アップを目的としている以上、必ず賃金総額は増えると考えるべきです。その度合いは各企業の現状によって異なりますが、もしも、企業の賃金総額が増えなければ法案を作る意味がなかったことになります。
しかし、一方で同一労働同一賃金が法制化されたからといって、企業の業績が急に良くなったり、賃金原資が突然増える訳がありません。賃金が分配の問題である以上、どこかに厚く分配すれば、どこかを削る必要があります。「非正規労働者の待遇改善のために正社員の待遇を下げてはならない。」というのは建前では正しいですが、現実はそんな簡単な事ではありません。アベノミクスの恩恵を受け、たっぷり内部留保を蓄えた一部の大企業なら問題はないでしょうが、景気回復の恩恵がまだ届いていない中小企業や地方の企業にとっては厳しい要求を突き付けられることになります。正社員の賃金制度も含めて賃金制度全体を再構築しなければならない企業も出てくるでしょう。正社員の賃金制度見直して対応できればまだ良い方かもしれません。例えば、飲食店を経営するような会社に良くみられるケースですが、正社員が10名で非正規社員が100名といったような場合など、非正規社員の待遇改善のために、正社員の賃金を見直しても限度があります。非正規社員の比率が高い企業はそれだけではカバーできないといったケースも出てきます。
このような場合は、企業はあきらめる他に手立ては無いのでしょうか。否、このような場合でも企業が取れる手段は2つ残されています。その2つの手段はセミナーでお話します。この2つの手段を講じておけば、仮に労使間のトラブルになっても対応できます。一方で、どうしようもないとあきらめて何もせず放置するとトラブルを起こした労働者の要求通り支払わなければならなくなる可能性が一気に高まります。
つまり、何もしないことが最もリスクが高いのです。
6.今回のセミナーの内容について
今回のセミナーの目的は2つです。
@ 法案の内容と取るべき対策を知る。
A 影響額を把握し経営層に報告できるようにする。
セミナーは一部と二部に分けます。
一部では法案の内容を元にどんな対策をすべきか解説します。
二部では、実際の対策として具体的に影響額の試算や対策方法を説明します。
同一労働同一賃金に関するセミナーは各地で行われていますが、実際に何から手を付けて良いか具体的なアクションを示したものが無いとの声も聞きます。是非二部にも参加していただければと思います。
*セミナー第一部*
・法制化によって何がどのように変わるのか
・法制化は何を企業に求めているのか
・企業が取るべき対策と優先順位は何か
・十分な賃金アップができない企業がとるべき2つの手段とは
*セミナー第二部*
・ワークシートを使って、非正規労働者の待遇改善に伴う影響額の試算方法を説明します。ワークシートでは、正社員と非正規社員の待遇について、手当、賞与、退職金、その他待遇、基本給といった項目に区分けし、実際に記入しながら、現状の非正規社員の待遇のどこに問題があるのか明らかにします。その上で、どのように改善するかを決め、その結果財務への影響がどれだけか概算で把握できることを目標とします。そして、スケジュールを決めておけば、状況に合わせ対応できます。
また、均衡待遇のキーとなる職務評価方法についてもセミナーにて解説します。